筑波大学
オリンピック・パラリンピック総合推進室

Office for the Promotion of Olympic and Paralympic Activities

運営レポート

ピョンチャン2018冬季オリンピック・パラリンピック大会のレポート

チャンミ・リー TIAS 第2期生

はじめに

雪と氷の祭典である2018ピョンチャン冬季オリンピック・パラリンピックでの経験は、私の今後の人生でも色あせないであろう思い出とともによみがえります。私の名前は、チャンミ・リー、筑波大学にあるTIAS(つくば国際スポーツアカデミー)の学生です。TIASでは、スポーツとオリンピック研究、中でも特にスポーツマネジメントを勉強しています。日本では、「おもてなし」や「祭り」といった日本の文化、武道や体育といった日本流のスポーツについても勉強しました。
私の人生はバラエティに富んでいると言えるでしょう。というのも、私は異なる分野でたくさんの経験を積んできたからです。母国・韓国で6年半に渡ってサムスンのセキュリティマネージャーとして働いたあと、アメリカへ海外留学をして、修士と博士を取得しました。その後、韓国へ戻り、政府関連組織やいくつかのスポーツイベントの運営組織で働きました。
働きはじめてから今まで、スポーツには世界、そして人々の生活を変える力があると強く信じています。特に、オリンピックはその力が強いと思います。2007年に国際オリンピック・アカデミー(IOA)の院生向けセミナーに参加したときに、私はそのことを強く感じました。オリンピックには価値があり、オリンピックが提唱する人類の平和、協調に関係する崇高な思想は、世界にとってとても興味深いものです。博士を修了してからというもの、私は常に、培ってきた能力と情熱をもって世界に貢献したい、また、人生において楽しく面白いことをしたいと考えています。

ピョンチャン大会に参加して

(筆者)

 

人生において、何か心を打ちのめしてくれるようなものを探していたのですが、オリンピックこそ、私が探し求めていたものだとわかりました。だから、私はオリンピック組織委員会での仕事に応募しました。
私は、会場を管理したり、会場での問題を処理したりする施設マネージャーでした。施設マネージャーである私の仕事は、ガンナンオリンピックパークにあるすべての会場を管理することでした。会場には、すべてのアイススポーツ(スケート、アイスホッケー、カーリング等)の競技会場やホスピタリティハウス、スーパーストアやライブサイトがありました。
今大会では、「ピョンチャンマウンテンクラスター」と「カンヌンコースタルクラスター」の二つのエリアがありました。マウンテンクラスターにはオリンピックパークとオリンピックプラザが一つずつあり、コースタルクラスターにはオリンピックパークが一つありました。マウンテンクラスターのオリンピックパークはアルペンシア・オリンピックパークと呼ばれ、ほとんどのスノースポーツ会場とスライディングスポーツ会場はピョンチャンに位置していました。オリンピックプラザもまた、オリンピックスタジアムやメディアプラザ、いくつかのスポンサー企業によるショーケースがあるピョンチャンにありました。

(カンヌンオリンピックパーク)
(アルペンシアオリンピックパーク)
(ピョンチャンオリンピックプラザ)

チャレンジ

私の仕事で一番大変だったことは、観客、とりわけオリンピックパークに出入りする人たちにどのように対応するかということでした。たとえば、次のような問題を解決する必要がありました。パークの外でチケットを購入したい人がいること(ただしチケットは残り僅かでした)、セキュリティチェックの長い行列、人々から出てくるたくさんの苦情、不正なチケット売り、緊急事態、等々。

(筆者がマネジメントしたカンヌンオリンピックパークの会場管理チーム)

 

次に大変だったのは、スポンサーのショーケースやホスピタリティハウスへの対応でした。会場にはサムスン、コカ・コーラ、マクドナルド、KT、ノースフェイス、KIA、アリババといったスポンサーのショーケースや、日本や韓国などのナショナルハウスがあり、自分たちのイメージや商品販売を進めていました。それぞれの施設は仮設だったため何かしら問題が発生し、予期しない出来事がたくさんおこりました。大きな問題だけでなく、小さな苦情も解決しなくてはなりませんでした。日本ハウスでは、仮設トイレからの悪臭に悩まされていました。原因は、大きなテント内にある仮設トイレに換気システムがついていないことだったので、私は仮設施設の施工業者を呼んで、問題を解決しました。
実際、組織委員会が一番心配していたとおり、主な仕事はそれぞれの競技会場に出入りする観客の対応でしたが、思っていたより問題はありませんでした。というのも、昨年行われたテストイベントを通じて、ボランティアたちはどのように対応したらよいか経験していたからです。

 

交通機関やノロウィルスに関する問題もありましたが、結局のところ、一番大きな問題は天気でした。メディアの中には、寒さだけが欠点だということもありました。記録的な寒さを観測した日もあったほど、今大会は過去20年間でもっとも寒い大会でした。骨まで凍るような2月の風のせいでいくつかの競技が延期とはなりましたが、大会の本質によってファンの熱気は妨げられませんでした。メディアは、天気を除けば、かつてないほど成功した冬季大会だったと伝えました。

成果

今回のオリンピックとパラリンピックは、どのようにスポーツとオリンピックが世界平和に貢献し、人々の間の調和を創造したのか示すものでした。韓国と北朝鮮はまさに南北合同チームを作りましたが、それはオリンピック史上初めてのことでした。過去の夏季・冬季大会で韓国と北朝鮮が一緒に入退場したことは何度かありましたが、合同チームとして大会に参加したのははじめてです。また、とても珍しいことに、北朝鮮は芸術団や応援団をピョンチャンに派遣しました。ピョンチャン大会が南と北の明らかな和解の雰囲気をつくったとして記憶されることを望みます。そして、今大会が土台となるであろうことを私は確信しています。
今大会におけるもうひとつの成果は、「パッション・クルー」と呼ばれるボランティアたちです。多くのお客様や観客は、多くの若いボランティアたちによる歓迎のジェスチャー(親指と人差し指をクロスして「ハート」を表現するもの)を「愛」らしいと言っていました。笑顔と友好的なジェスチャーによって、言語による壁は乗り越えることができます。私もまた、愛らしいボランティアたちに触れる機会がありましたが、彼らは本当に熱心でした。親切で気さくなだけでなく、前向きな情熱にあふれ、休憩時間であっても人々を助けに外へ飛び出していきました。このように、今大会におけるボランティアたちも重要なオリンピック・レガシーの1つとして挙げられます。
私は何人かの東京2020大会関係者に会いましたが、彼らはPOCOG(ピョンチャン2018オリンピック・パラリンピック組織委員会)がどうやって韓国人を熱狂させたのか、そして、こんなにも情熱的なボランティアをどうやって見つけ、教育したのか知りたがっていました。また、彼らは多くの人々がオリンピックパークに来てお土産を買っていることが印象的だと述べていました。POCOGのマーケティングディレクターは、韓国メディアと、マスコットのソホランとバンダビの人気が大会の成功に大きく貢献していると言っていました。実際、期待以上の成功となりましたが、すべてのものが成功のために働いたのだと思います。

さいごに

(筆者)

 

韓国は、1988年ソウル夏季オリンピック大会後、30年の時を経て冬季五輪の開催国となりました。冬季五輪を開催したアジアの国としては、冬季五輪を2回開催した日本についで2番目です。また、夏冬両方の大会を開催した国としては、世界で6番目です。自国にとって良い影響ばかりではないと思いますが、私たちが誇りに感じたことは確かです。特に、このような大規模大会では、完璧なホストとなることは難しくも要求されることですが、「平和」の祭典においては、凍るような気温であっても、この成功におわった大会が歴史となることを信じていますし、私が今大会の一部となれたことを誇りに感じています。

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