2020.03.10
アンチ・ドーピングに係る本学の取り組みをご紹介します
筑波大学では、アンチ・ドーピングに関する制度、政策、文化に関する研究を行っています。
ドーピング分析・測定方法に係る研究開発の成果の一部をご紹介します。
筑波大学は、東京大学、東北大学、日本医科大学とともに、アンチ・ドーピング研究のためのコンソーシアムを2017年に結成しました。
本学では、渡部厚一准教授(体育系)および竹越一博教授(医学医療系)のグループが、遺伝子ドーピングに関する検査法の開発とロボットテクノロジーを融合させた研究を推進しています。
本研究を推進している筑波大学医学医療系 臨床検査/スポーツ医学研究室について、詳しくはHPとFacebookをご覧ください。
遺伝子ドーピングとは
遺伝子ドーピングとは、アスリートが自らの内分泌臓器における遺伝子を人工的に調節し、競技力を向上させようとする行為のことです。
「遺伝子治療」の技術が飛躍的に進歩しており、ヒトの体内で遺伝子を調整し病気を治そうという試みが世界中で行われ、一般の人々に身近な存在になりつつあります。
その反面、その技術がアスリートの身体能力向上のためのドーピングとして使われてしまう可能性が浮上しています。
実際に、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は、近年の「遺伝子治療」の技術が急速に進歩したことに伴い、遺伝子ドーピングを薬物ドーピングと同様に禁止リストに含め防止策を講じています。
しかしながら、遺伝子ドーピングの確立された検査方法は未だに開発されていません。
さらに、薬物ドーピングとは異なり、証拠となる薬が体内に残らないため、証拠を検出することが困難とされています。
遺伝子ドーピングの検査法の開発が、世界的に急がれています。
遺伝子ドーピングに関する検査法の確立に向けて
遺伝子導入モデルを用いた実験
本学の渡部准教授と竹越教授のグループは共同で、遺伝子ドーピングの非侵襲的な(生体を傷つけないような)検査法を確立すべく研究を開始しました。
遺伝子治療で汎用されるベクター(細胞や核内に他のDNAを運ぶ役をするもの)として、アデノウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、プラスミドなどが知られています。
研究グループはまず、アデノウイルスベクターおよびプラスミドベクターを用いた遺伝子導入モデルマウス(遺伝子ドーピングを模倣したマウス)を作成しました。
そして、そのモデルマウスが遺伝子ドーピングをしているという証拠を、PCR法(DNAの断片を増幅する方法)を用いて、血液やフン等、様々な検体から検出することを試みました。
その結果、アデノウイルスベクターを用いた実験では、わずか血液1滴の中に、本ウイルスベクターのDNA断片が多量に含まれていることを発見しました(Sugasawa, Aoki et al. 2019; 図1)。
さらに、プラスミドベクターを用いた実験においても同様に、血液1滴で遺伝子導入の証拠を検出する事に成功しました(Aoki, Sugasawa et al. 2020)。
この手法をヒトに応用できれば、十分に遺伝子ドーピングの検出が可能であると考えられます。
現在も、他の様々なベクターを用いた場合の検査法の開発を行っており、検出感度をさらに高める技術を確立しようと、研究グループは日々努力を重ねています。
(クリックすると拡大します)
図1 遺伝子導入モデルを用いたウイルスベクターの検出
上:実験方法
下:デジタルPCR法によるウイルスベクターのDNA断片が検出された際のプロットデータ
赤枠内の青色の箇所は、マウスの血中にウイルスベクターのDNA断片が存在していることを表しています。つまり、人為的な遺伝子導入の証拠が検出されたことを意味します。
以上の研究成果から、血液1滴が高感度な遺伝子ドーピングの証拠を検出するための検体になり得ることが示唆されました。
これらの成果は、定評のある以下の国際誌で発表されています。
ヒト型汎用ロボットシステム「まほろ」の活用
将来的な遺伝子ドーピング検査では、PCR法(DNAの断片を増幅する方法)が汎用される可能性が高いとされています。
ただしこの手法は、人為的なコンタミネーション(汚染)が非常に起こりやすく、検査精度の維持に非常に高い技術が求められることが知られています。
人為的なコンタミネーションが起きると、検査結果の信頼性は大きく損なわれてしまいます。
この問題を解決するためには、限りなく無菌なクリーン環境で自動化されたシステムを用い、ヒトの手をかけずに検査することが望まれます。
そこで、将来大きな役割を果たすと見込まれているのが、ロボットテクノロジーです。
ロボットがクリーンな環境でヒトの手と同じように再現性良く検査を遂行してくれれば、遺伝子ドーピングの検査精度が飛躍的に向上すると見込まれています。
さらに、ロボットであれば24時間稼働が可能で多検体処理ができ、かつ検査を担当する人のストレスを大いに減らすことが出来ます。
そこで、本学の研究グループは、これまで培ってきた遺伝子ドーピングに関する知見・技術を、ロボットテクノロジーを用いた検査に適応しようと、研究・開発を進めています。
ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社が開発した『まほろ』と呼ばれる実験ロボットに、遺伝子ドーピング検査の機能を搭載・実地させるべく、日々試行錯誤を繰り返しています(図2)。
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図2 実験ロボット「まほろ」に対する遺伝子ドーピング検査の適応
現在「まほろ」を用いた遺伝子ドーピング検査法の開発は順調に進んでおり、本研究グループの研究成果が将来「まほろ」に適応されることが見込まれています。
「まほろ」が動く様子はこちらのページでご覧いただけます。