筑波大学におけるオリンピック・パラリンピック競技大会
-その歴史と教育、そしてアスリートたち-

The Achievements on the Olympic and Paralympic Games of the University of Tsukuba
: Its History, Education, and Athletes

ニュース

2021.10.05

【報告】東京2020オリンピック競技大会 スイス事前キャンプ

オリンピック・パラリンピック総合推進室(以下、OPOP)では、2021年7月14日(水)から8月2日(月)の3週間に渡って、東京2020オリンピック競技大会(以下、東京2020大会)を前に、スイスオリンピック代表選手団(以下、スイス選手団)が本学で行った事前キャンプのサポートを行いました。

本学関係者だけでなく、スイスチームにも感染者を一人も出さない「安心・安全な対応」が求められた前例のない事前キャンプでしたが、結果的には、一人の感染者も出さず、スイス選手団をオリンピックに送り出すことができました。

東京2020大会に関する賛否両論がある中で、OPOPがつくば市及び茨城県と連携して行った事前キャンプにおけるサポートの内容と、学生アテンドスタッフの感想、そして本学としてこうした国際的な事前キャンプを誘致することの意義について検討した結果を報告します。(『筑波大学体育系紀要』第45巻をご覧ください。)

 

1.経緯と概要

スイス選手団の事前キャンプを本学とつくば市及び茨城県で誘致することが正式に決まったのは、2018年4月でした。その後、2019年に関東圏であったトライアスロンや陸上競技(リレー)の世界大会の際にもスイスチームの事前キャンプを受入れ、今回はその経験を活かす形になりました。東京2020大会に向けた事前キャンプで受入れたのは、マウンテンバイク、柔道、陸上競技で、受入れ総数は選手やコーチ、トレーナーなど52名でした。

受入れ時に対応してくれるアテンドスタッフも学生を中心に募集し、30名が集まりました。本学の人間総合科学学術院スポーツ国際開発学共同専攻(IDS)や、つくば国際スポーツアカデミー(TIAS2.0)の学生のほか、体育学学位プログラムの大学院学生、体育専門学群、国際総合学類の学群生などでした。陸上競技部、柔道部、体操部の学生にも参加してもらいました。

2.事前キャンプに向けての準備

事前キャンプで感染対策を徹底するための指針となったのが、内閣官房の事前キャンプ受入れマニュアルに基づいて策定された「東京オリンピック・パラリンピック スイス選手団 受入れマニュアル(事前合宿編)」(第1版、2021年6月28日)と、本学の学内ガイドライン(2021年4月8日、学長決定)でした。その中で、入念に行ったのが、スイス選手団と一般学生、職員との接触を避けるために、使用空間を分ける「ゾーニング」でした。

例えば、中央体育館トレーニング場やトイレ、駐車場などについては、スイス選手団には専有場所として使ってもらいました。駐車場から各練習場へ行くルートは固定した経路とし、アテンドスタッフがいつも同行しました。また、学内ループや陸上競技場を使用する際には、スイス選手団専有ではなかったため、いかに一般学生と近接しないようにそれぞれが使用できるのかについてシミュレーションをし、アテンド体制を構築しました。

 

筑波大学附属病院の看護師を講師として招き、アテンドスタッフ向けの感染対策講習会も行いました。スタッフはスイス選手団との接触の度合いに応じて、毎日から7日に1回の割合でPCR検査を受けることになっていました。また、陽性反応が出たり、濃厚接触者になった場合の対応をスムーズに行うために、日々の行動歴を業務開始14日前から記録してもらっていました。

暑さ対策、地震や負傷時などの緊急時の対応についても、準備を怠たることは許されませんでした。陸上競技の選手が暑さを凌いで休めるように、競技場横の体育系サークル館の一室を控室とし、近くの雨天走路も整備し、使用できるようにしました。地震発生時などの避難経路についても、リスク・安全管理課と協議しました。スイス選手らが負傷したときの対応については、筑波大学附属病院にお願いしました。また、PCR検査で陽性反応が出た際の対応フローについても、筑波メディカルセンター病院と筑波大学附属病院、つくば保健所、つくば市、茨城県とが協議を行い、作成しました。

食材については、スイスからはシェフ2人が来日して、基本的には毎日、食材がホテルに運び込まれるようになっていたものの、必要な食材が出てきた場合は、アテンドスタッフと滞在先のホテルスタッフが対応することにしました。 

 

3.事前キャンプにおけるサポート

実際の各競技のアテンドにおいては、柔軟な対応を求められることが多々ありました。

マウンテンバイクの練習メニュー等は前日の練習後に決まることがほとんどで、選手によると、「自分の体の調子を考慮して、次の日の練習メニューを決めたい」ということでした。感染対策の観点から、練習場所は内閣官房に、事前に申請した場所でなければいけなかったため、毎日、選手及びコーチと話し合って決定する必要がありました。筑波山周辺を3時間以上走り続ける日もありましたが、平均して10名のアテンドスタッフが無線と携帯電話で連携を取り、安全を確保しながら業務を遂行できました。

マウンテンバイクの選手は60万人ものフォロワーがいる自身のSNSで、本学や周辺での練習状況を紹介してくれました。本番では見事に銀メダルに輝きました。結果的には選手が思い描く練習を学内外で実現できたと推察でき、安堵しました。

 

柔道チームについては、主に武道館2階の道場を中心に使用しました。選手間でのクラスター発生を防ぐため、道場での練習中は冷房をきかせ、窓を開けて換気をしました。練習前後には、畳全体を掃き掃除後に消毒シートで拭くという地道な消毒作業を、少ないときは4人のアテンドスタッフで行いました。冷房が効いているとはいえ、汗だくになりました。

しかしながら、そうした作業を垣間見たスイス選手からは感謝の気持ちが伝えられました。本番で3位決定戦まで進出した選手は、試合後に自身のSNSで、アテンドスタッフに感謝の気持ちを込めたメッセージを送ってくれました。

陸上競技チームについては、陸上競技場を一般学生と共有する時間帯がありました。このため、アテンドスタッフを毎回、競技場内の少なくとも4か所に配置し、無線で連絡を取りながら、スイス選手が走るレーンについて、学生と接触しないようにしました。陸上競技部の学生たちがスイス選手団の優先使用について共通認識を持ってくれていたおかげで、互いに接近することはありませんでした。

高跳びの選手の練習の際には、着地マットを学生が使用しているものとは別のものを使ってもらいました。中長距離走者の学内ループでの練習では最低でもアテンドスタッフ2名が自転車で伴走しました。選手と2m以上の距離を取りながら、一般人への声掛けや、安全確認をしました。最終日には、スイス選手団からスタッフ全員に傘のプレゼントが送られました。

 

 

4.学生スタッフの感想

下記はアテンドを行った学生による感想の一部です。感想からは、学生がアテンド業務をする中で、自身の成長を感じることができたり、人のために尽くすことの尊さを体験した様子が伺えました。

 

■人間総合科学研究群 体育学学位プログラム博士前期課程1年

私はこのスイスチームのアテンドという仕事をやり切ったことによってとても多くのものを得らえたように感じている。(中略)最初のマウンテンバイクの選手をアテンドする一週間は、なかなか自分自身がアテンド業務の中心となれず、もっと選手と話しコース決めの話に参加したいと思いつつも、自分の力不足を認め、コースの見張り役に徹していた。(中略)日程も後半になり、陸上選手が入ってきてからは主に選手がループを走るときの付き添いをする仕事のリーダーを任せてもらい、非常に楽しく仕事をさせてもらった。選手ともコミュニケーションをとるなど非常に貴重な体験をさせていただいた。私はこの3週間を通して、「報・連・相」の重要さや、どんな仕事もきちんとやっていれば重要な仕事を任せてもらえること、通常でないことが起こる現場で働く楽しさなど様々なことを身にしみて感じることが出来た。

■体育専門学群3年

私がアテンド業務を終えて感じたことは二つあります。一つは私にとって「スポーツを支える」ことが生きがいに繋がるということです。(中略)選手やコーチと英語でコミュニケーションを取り要望に応えるなど一つひとつの業務が新鮮でやりがいを感じられ、またそれをスイスチームに感謝されることで「やってよかったな」と幸せな気持ちになりました。(中略)二つ目は新たなオリンピックの価値を見出せたということです。スイスチームの選手やコーチとの交流を通してスイスという国やそこに住む人たちに好意を持つようになり、オリンピックのいかなる競技でもスイスの選手を見つけると自然と応援していました。(中略)このような経験ができたことに感謝し、この経験を一つのステップとして3年後のパリ2024大会やその他の競技大会にも貢献できるように、勉強や行動に励みたいと思います。

■体育専門学群2年

私は英語が好きですが、実践的に英語を使って働いた経験がなく、スイスチームの人たちとうまくコミュニケーションが取れるかとても不安でした。しかし、いざアテンド業務が始まると不安は吹き飛びました。選手たちと上手くコミュニケーションを取ることが出来、とても充実したアテンド業務になりました。(中略)また、アテンドは私にとってもう一つ大きな意味がありました。それは、スタッフの人たちとの出会いです。私は、新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた年に大学に入学したため、大学で授業を受けることはほとんどなく、新しい交友関係も築けないなど、大学生としての実感がわかないまま、この1年半を過ごしてきました。しかし、今回の経験を通してさまざまな部の人たちや、様々な所属の人たちに出会うことが出来、自分の知らない世界をたくさん知ることが出来ました。

 

■体育専門学群4年

アテンド業務を通して、語学力が向上できたとは決して言えません。しかし、失敗を恐れずコミュニケーションをしていく姿勢は身につきました。これは、私が今まで行ってきた語学学習では学ぶことのできないものでした。これから生きていく中で英語を用いてコミュニケーションをする場面が必ずあります。その際、まずは伝えたいことをきれいな英語で伝えようとするのではなく、ジェスチャーを使ってでもなんとか伝えるというスタンスを大切にしたいと思います。今回の経験をきっかけに自分の語学力を磨きたいと思うようになりました。

 

 

■第三学群 国際総合学類4年

実際参加してみて、ただでさえ選手たちは大きな大会前の最後の調整に来ており、フレキシブルな対応を求められるのに加えて、新型コロナウイルスの感染者を絶対出さないように、どんなに選手がたくさん走ろうが帯同したり、至る所を消毒したり、暑い中常にマスクを付けていなければならなかったり、コロナがあるからこそ気を遣わなければならない部分が多かったです。(中略)でも選手がのびのび練習してくれている様子を見るのが何より誇らしく、つたない英語しか話せない私にたくさん「Thank you!」と声をかけてくださるのが何よりのやりがいでした。

 

■人間総合科学研究群 博士前期課程体育学学位プログラム1年

今回、アテンドに興味を持ったきっかけは「オリンピックを自分の良い思い出にしたい」という理由からでした。新型コロナウイルスの影響で一年半近く自粛生活を余儀なくされており、このままではせっかく日本で開催されたオリンピックの思い出が、自粛生活そのものになり代わってしまうと考えていました。(中略)大会に向けて練習・調整していく選手の姿を見て、各国の選手の成果発表の場であり、なおかつ様々な種目が同時期に開催される唯一無二のオリンピックに関わることができてよかったな、と素直に思いました。感染対策に気を使いながらのアテンドでしたが、選手の方もフレンドリーで心が温まりました。

 

 

5.まとめ

スイス選手団もアテンドスタッフも、感染対策をしながら暑さ対策をしなければいけなかったため、“過酷な”事前キャンプでした。それにも関わらず、一丸となって乗り切れたことが、スイス選手でいえば、本番でのベストパフォーマンスにつながったと思います。例えば、マウンテンバイクの選手が銀メダルを獲得し、柔道の選手が3位決定戦への進出を果たした上、陸上競技女子100メートルでスイス記録を樹立する(6位入賞)などしました。事前キャンプ後には、スイス選手団の責任者の方から次のようなメッセージが届きました。

“The time with you guys was really fantastic. Your hospitality, helpfulness and friendliness have impressed me very much. I still don’t know how you managed the three weeks with us. (中略) Thank you again for everything you have given us and made! I will never forget Tsukuba!”

一方で、スタッフ以外の学生や地域住民が、スイス選手団と交流できなかったことは残念でした。オンラインでの合同記者会見において、選手の一人は「本来ならもっと住民と交流したり、つくば市内を散策してみたかった」と話していました。本学の教員からも、「厳格な感染防止のため、スイス選手の練習を見ることすらできなかった」という声が聞かれました。

しかしながら、学生スタッフの感想文からは、肯定的な刺激をスイス選手団から受けていたことが明らかになりました。また、少しでもスイス選手団と交流できた経験が、次のオリンピックやパラリンピックに関わりたいという将来志向に繋がっていたことも分かりました。このことから、今回の経験が、学生たちの将来に活かされ、本学と地域社会、ひいては日本や世界の発展のために、様々な形で還元してくれることを期待します。本学としても、これまで以上にスイスとの関係が強化され、今後に活きる成果が得られました。また、継続的に国際キャンプ地としての機会を創出することで、国際スポーツの舞台で活躍する人材の育成・指導の拠点となることができると考えます。東京2020大会の開催を契機に、多くの卒業生を輩出してきた「つくば国際スポーツアカデミー(TIAS)」に加えて、以上のような経験を踏まえた国際キャンプ拠点形成など次のステップへの発展が期待されます。

スイス選手団の受入れに際し、連携して業務にあたったホストタウンのつくば市、そして茨城県の担当者の方々に感謝いたします。

 

→スイス選手団のオリンピックでの成績一覧は、こちらからご覧になれます。

→アテンドスタッフの感想全文は、こちらからご覧になれます。

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